廻 はるよ(空間演出デザイン学科教授)
新しいジャンルであるソーシャルデザインは、社会的価値は高いが、経済的には採算が難しく、公共事業かNPOのような非営利しか成立しない、というのがスタートした当初の見方であった。アカデミックには意味があっても、学生を社会へ継続的に送り出していけるのか、という課題があった。
しかし、社会の流れが徐々に変わり、社会課題を解決せずに、経済を繁栄させる意味がない、経済価値と社会価値を同時に高める、そういった立場から経営学で「CSV:Creating Shared Value(共有価値の創造)」(2011)が提唱されるようになった。競争戦略で名高いマイケル・ポーター氏(ハーバード大学大学院教授)の理論である。日本では2015年に名和高司氏(一橋大学大学院特任教授)が『CSV経営戦略-本業での高収益と、社会の課題を同時に解決する』(東洋経済新報社、2015)で紹介し、一般にも浸透していった。また、2014年には「中小企業白書」(中小企業庁)においてCSVが解説され、課題を克服しながらビジネスチャンスも得るものとして地域ビジネスなど様々な事例を紹介している。
CSRはそれ以前から企業の社会的活動として、行われてきたが、事業外の社会貢献としての活動がメインであった。CSVは、そうではなく、そもそも自らの事業で社会課題を解決できなければ、企業の存在意義に欠ける、というスタンスで、社会課題にとりくむ事業で経済的価値も上げていくべきであり、それは可能である、ということを展開する理論である。キリンやネスレの取り組みが紹介されることが多く、ネスレではカスタマーの健康やサプライヤー農家への支援、水環境や食品ロスの問題など多岐にわたる問題に対応しながらよりよい商品を提供していくことを実践し、CSV報告書を公表している。
また、企業活動は自然資源の採掘や活用、自然を壊しての都市開発などで成立してきており、どうしても自然保護を前面に謳うことが難しかった側面があるが、地球環境の劣悪化やヨーロッパでの脱炭素の先進的取り組みなどを受けて、世界経済フォーラム(WWF)が2020年7月に報告書『自然とビジネスの未来』を発表し、自然によい影響をもたらす「ネイチャーポジティブ」なビジネスを提唱した。年間約1000兆円のビジネスチャンスとして構想されている。地球環境が後戻りできない転換点にさしかかろうという中で、ビジネスでも環境に対する本気の取り組みが始動したと言えるだろう。
日本でも、2021年、Panasonicが新体制に移行する中で、環境問題に最優先で取り組む、と宣言したことは記憶に新しい。2030年までにCO2実質排出ゼロを目指す取り組みを実施する。それが人々のくらしを豊かにしてきた企業の新たなビジョンなのである。
ファッション産業では、従来パリコレ等を筆頭にトップ企業が流行をつくりだし、常に最新のものを大量生産し続けることが大義であった。さらにファストファッション台頭の中で、大量消費・大量廃棄に拍車がかかった。日本も年間100万トンの服を廃棄している(日経新聞2018/9/25)と言われてきた。しかし、この放漫な状況も、海洋プラスティックごみの問題を皮切りに、ファッションの廃棄や生産過程での環境汚染問題が大きくクローズアップされ、ファッション界は一気にサステナビリティに舵をきった。
欧米では、2019年にファッション協定が結ばれ、気候変動、生物多様性、海洋保護の3分野で共通の具体的な目標に向かって取り組むことを誓約した。その加盟企業であり、先進的企業であるアディダスはリサイクルポリエステル100%を目指し、100%再生可能なランニングシューズを2019年に発表。回収された古いシューズから新たにシューズをつくる循環のしくみをつくった。また、H&Mでは、環境低負荷のサボテン素材などを開発して活用するなど、多くの企業がサステナビリティに精力を傾けるようになった。現在ではバクテリアによる染色などバイオ領域にも生産スキルを広め、環境汚染の産業としてではなく、いかに環境に貢献し、新たな価値観をもったファッションをつくりあげるか、ということが現在の目標となっている。
このように、2012年に本学科がソーシャルデザインを始動して以降、社会は大きく変容した。それまで、まだ、消費社会をひきずっていた時代から、環境や社会課題の解決に大きくシフトし、それによる経済価値も当然上げていけるのだ、という理念で社会や企業が動くようになった。
空間演出デザイン学科は、その中で、社会の課題解決のデザインを学ぶことを目標に掲げ、今、もっとも必要な学問の分野になりつつあると実感している。
後述することになるが、本学科の就職はその内容や早期での達成率なども大変レベルが高く、大学TOPの成績である。それは、専門として空間デザイン、ファッションデザインを基軸に学ぶだけでなく、それを社会課題解決に応用するもうひとつのステップを持つことによって、コアな専門のみならず、汎用的に応用できるクリエイティブ能力をもって、広い分野へと学生が就職を果たしてきたことにある。それが現在では、さらに実りが大きくなり、デザインやアイディアを生む能力だけでなく、それを社会課題にどう生かしていけるのか、に取り組める人材として着目され、有力な企業につぎつぎに進路が決定する、という事態になっている。この状況を積極的にとらえて、ソーシャルデザインやそれを可能にするプランニングやブランディングなどの学びを先鋭化しITスキルを向上させて、さらにブラッシュアップした教育を展開していきたい。
以上より、学科研究上の目的となる「社会の課題解決のデザイン=ソーシャルデザイン」は、学術的な基盤も確立されており、その後の学科教員による研究も充実している。また、社会状況は、大きく変化し、経済価値と社会価値がシナジー効果を持つことをめざすCSV理論などを契機に価値観の転換が進み、また、地球環境の悪化、気候変動などが危機的な状況となる中で、サステナビリティ、SDGsといった一般社会にも届く概念と世界経済フォーラムの「ネイチャーポジティブ」のようにグローバルに網をかけてパリ協定をかなえて行こうとする動向が合わさり、社会課題を解決することが、社会、企業において最重要課題となっている。その状況を踏まえて、現在の学科教育は、学術的にも、社会環境、市場環境的にも強く求められているものであり、有効な学問であると言える。
ソーシャルデザインの学問的展開と教育の将来構想
「社会状況は、大きく変化し、経済価値と社会価値がシナジー効果を持つことをめざすCSV理論などを契機に価値観の転換が進み、また、地球環境の悪化、気候変動などが危機的な状況となる中で、サステナビリティ、SDGsといった一般社会にも届く概念と世界経済フォーラムの「ネイチャーポジティブ」のようにグローバルに網をかけてパリ協定をかなえて行こうとする動向が合わさり、社会課題を解決することが、社会、企業において最重要課題となっている。」
この高まりを受けて、空間演出デザイン学科では、サステナビリティをいかに実現するのか、どういった社会が望ましいのか、何をすればそこに到達できるのか、そういったことを考え、現実的なソリューションから社会創生をする教育を開発し実践したい。人だけでなく、植物や動物、山や川といった地勢、これまで支配的な立場に立ってきた人間の視点を変え、新しい関係を見出して、共存する世界を考えられなければならない。人の多様性包摂もはじまったばかりである。本学科のなすべきことは、近代的な生産資本主義の世界から排除されてきた、土地にねざした価値づくりを市民とともに創造していくことである。それは自然との関係を深めることでもあり、地域産業を新たな価値で活性化することでもある。地域や環境を舞台に、より多様なサステナビリティをデザインで実現する、そのための教育開発が次の課題である。
その実現のために、しくみをつくる、デザインシステムとしてのマネジメントやブランディング、デザインリサーチなどの科目群をより充実させ、根本的に環境を変えていく視点が、経済価値も生むことを理解して、経済も社会も巻き込んだ社会変革をめざす人材を育てたい。そして高校生はESD( Education for Sustainable Developmentの略)「持続可能な開発のための教育」が始まっていく。意識の高い学生に学んでもらい、持続可能な社会づくりという目的を達成していきたい。